家族信託による将来の自宅売却を想定した認知症への備え
家族信託を使えば、認知症になった場合でも自宅をスムーズに売却して生活や施設の費用に充てることができます。認知症になり判断能力を失うと、銀行預金を下ろすことができなくなったり不動産を処分することが難しくなったりします(財産凍結問題)。このような場合に備えた老後資金のねん出の仕組みを家族信託で実現可能です。成年後見制度との違いも検討してみます。
目次
相談内容
母親の老後資金についての相談です。相談者は娘さんで、母親の自宅近くに住んでいます。母親は元気に一人暮らしをしていますが、高齢であるため、今後の老後資金のことを気にかけています。父親は数年前に他界しています。
母親の財産は自宅不動産と預貯金200万円ほどです。普段の生活費は年金でまかなえていますが、これから先、大きな病気にかかったり介護が必要になったりした場合には少し心細い備えです。そのため、もし入院費や介護施設費などのねん出が必要になった際には、自宅を売却したいとのことです。母親も売却には賛成しています。
ただ、認知症になると不動産の売却はむずかしいと聞いており、かといって、今売却すると住む家がなくなってしまうので、どうすればよいか悩まれています。
当事務所の対応
当事務所では、次のような説明とアドバイスをさせていただきました。
- 認知症などで判断能力が低下すると自宅不動産の売却はできない。
- 親子間で家族信託を組むことで、認知症になってもスムーズに自宅不動産を売却できる。
- 成年後見制度でも自宅不動産を売却できるが、いろいろ注意すべきことがある。
家族信託による認知症への備え
今回の相談のケースでは、母親名義の自宅不動産と預貯金を家族信託することが有効です。
・親子間家族信託の設計
親を委託者兼受益者とする家族信託とします。具体的には、次のような構図になります。
母親が委託者兼受益者となり、子どもが受託者となります。母親は、自分のために、自分の財産を子どもに預けます。子どもは、預けられた財産を受託者として管理します。
信託契約では「介護施設等に入居することで自宅に居住しなくなった場合に売却することができる」などの条件を定めておきます。これにより、母親の介護施設入居などの際に、子どもが自宅不動産の売却などの処分を行い、介護施設費などの支払いに充てることができます。
・判断能力が低下しても、家族信託は有効
民法では、正常な判断能力(意思能力)のない人が行ったs法律行為は無効であると定められています。そのため、認知症などで正常な判断能力を有しない人は、預金を下ろしたり不動産を処分することが難しくなったりします(財産凍結問題)。しかしながら、親が元気なうちに、家族信託で子どもに財産の管理処分の権限を託しておくことで、将来的に認知症や大病になっても影響を受けない財産管理体制を実現することができます。
・不動産だけでなく、預貯金も信託の対象とする
不動産の売却だけが信託の目的であれば、預貯金は信託契約から外してよいかもしれません。しかしながら、不動産を管理するうえで、毎年の固定資産税の支払いや修繕費などが発生します。そのために、一定の預貯金も信託財産としておきます。
・年金は家族信託の対象にならない
年金(年金受給権)を家族信託の信託財産にすることはできません。そのため、今回の場合では、年金の支給口座と介護施設利用料の引落口座を同一にしておくとよいでしょう。まずは年金で介護施設費を支払うようにし、それでも足りない分は家族信託で支払います。
家族信託と成年後見制度の違い
家族信託などの事前の対策をしないまま親の判断能力がなくなった場合、財産凍結問題を解消するには成年後見制度を利用するしかないでしょう。しかしながら、成年後見制度には、次のような負担や制限があります。
・裁判所での手続きが必要
後見を開始する場合は、家庭裁判所にその申し立てをしますが、おおむね2~3カ月の期間がかかります(法定後見の場合)。内容によっては、もっと長引く可能性もあります。また、医者の診断書や戸籍などの書類収集や裁判所との面談もあり、お仕事などとの時間調整が必要になります。
・第三者が後見人に選ばれる可能性がある
法定後見の場合、誰を成年後見人に選任するかは家庭裁判所が決定します。必ずしも親族が選ばれるとは限りません。第三者である弁護士や司法書士が選任されることもあります。任意後見の場合は、後見監督人がつきますが、同様に第三者が選ばれる可能性があります。
・後見人の報酬が発生する
成年後見人をつけると、後見人に支払う報酬が発生します。なお、親族が後見人の場合、任意で報酬を受け取らないこともできます。
・途中でやめることはできない
一度後見を開始すると、原則として途中でやめることができません。本人が亡くなるまで後見人がつくことになります。
・自宅を売却するには裁判所の許可が必要
後見人がついたからといってすぐに自宅を売却できるわけではありません。自宅不動産の売却のような重要な行為をする場合には、裁判所の許可が必要となります。売却の必要性を説明する資料を準備して申し立てを行い、許可がおりてはじめて売却可能となります。